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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和62年(行コ)3号 判決

主文

本件控訴を放棄する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  控訴人ら

「1 原判決を取消す。

2 本件を鹿児島地方裁判所に差し戻す。

3 控訴費用は被控訴人の負担とする。」

との判決

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二  当事者双方の主張並びに証拠

当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示中控訴人らに関係する部分の記載と同一であり、証拠の関係は本件記録中の原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

(当審における主張)

一  控訴人ら

控訴人若松與吉、同柳井谷道雄(以下右両名を「控訴人若松等」という。)は、本件処分の取消につき当事者(原告)適格を有する。

1 高山町漁協は、昭和五八年一〇月二二日開催の臨時総会において、特別決議を以て、本件公有水面に関する漁業権(五七号共同漁業権)の一部放棄をしているが、これは、本件埋立工事施行区域(別紙図面中青色で囲んだ部分)中、埋立区域(別紙図面中赤色で囲んだ部分)及び漁業権廃止区域(別紙図面中緑色で囲んだ部分)に関してであって、その余の区域については高山町漁協は依然として漁業権を有しており、したがって同漁協の正組合員である控訴人若松等も右区域において漁業を営む権利を有している。

2 公有水面埋立に対する漁業権者の同意は、公有水面埋立免許を免許権者(都道府県知事又は港湾管理者の長)がなすことの同意であって、漁業権の権利内容に何らの制限も加えるものではなく、右同意後においても漁業権は従前の権利内容のまま存続しており、したがって、高山町漁協の正組合員である控訴人若松等も従前の権利内容の漁業を営む権利を有している。

(一) 即ち、公有水面埋立法は、公有水面の埋立が右公有水面に利害関係を有する者に対して多大の損害を与えるところから、公有水面埋立免許を与えるに際し、右の者から公有水面埋立につき同意を得ることとし、もってまず免許を与える時点において、埋立をしようとする者と右利害関係人間の利害を調整しようとした。したがって、公有水面埋立同意は、公有水面埋立免許を与えるための手続要件の一つにすぎず、漁業権の権利内容を制限、変更するという実体的効果を招来するものではない。

公有水面埋立法は、漁業法との相互の優劣関係を定めておらず、埋立同意がなされた公有水面について漁業法の適用を排除していないから、同一公有水面に於ける漁業権を制限しようとする場合は、公有水面埋立法上の意思表示だけではなく、漁業法上の意思表示も必要である。

また、公有水面埋立同意は、埋立自体を一般的抽象的に認める意思表示にすぎず、それ自体漁業権の制限、変更等何らかの受忍を具体的に承認したものではない。即ち、仮に、公有水面埋立同意が、漁業権の内容についての制限を受忍する趣旨を含むのであれば、公有水面埋立法は、公有水面埋立同意に先立ち、埋立免許出願者において漁業権制限の区域、時期、範囲を決定し、これについて、同意権者である漁業権者において同意するか否かを具体的に決定するという手続を履践すべき旨を定める筈であり、かような手続を履践せずに漁業権の制限を認めることは、憲法第三一条の適正手続の保障条項に違反することとなるが、公有水面埋立法は、埋立同意を得たことを証する書類を免許出願願書の添付書類と定めるのみで(公有水面埋立法施行規則三条一一号)、右同意に埋立区域、埋立施行区域、埋立工事期間、埋立工事方法等が確定していることを前提としていない。現に、高山町漁協は、公有水面埋立に同意するという一般的な意思表示をしたにすぎない。

さらに、公有水面埋立法は、埋立免許取得者が埋立工事に着工する為には、損害防止施設の設置(六条)、着工の同意(八条)、補償金の支払い(六条)、補償金額の供託(七条)の手続を履践することが必要であることを明示して、埋立同意権者を埋立免許時だけでなく着工時においても保障しているところからすると、公有水面埋立同意の内容を公有水面埋立免許取得の為の手続規定に制限しているということができ、したがって公有水面埋立同意を一度なせば、その後は漁業権者において、埋立工事施行区域内に於ける埋立及び埋立工事を受忍すべき事態に陥る旨を定めてはいない。

(二) 次に漁業法の面から検討すると、同法は、漁業を営む権利の内容(区域、期間、漁業の方法等)については、漁業権行使規則で定めるものとし(八条)、その権利の内容の変更についても、漁業権行使規則の変更によるものとし、第一種共同漁業権については、関係地区の区域内に住居を有する組合員の三分の二以上の書面による同意(八条五項、三項)及び都道府県知事の認可(同条五項、四項)の手続を履践することが必要である旨を規定して、漁業権の行使方法の制限は、漁業法によるべき旨を定めており、公有水面埋立法の埋立同意によるべきものではないことが明らかである。

(三) 更に民法の解釈からすると、共同漁業権あるいは漁業を営む権利を制限する意思表示は、制限の区域、期間、程度を具体的に特定してなされるべきところ、公有水面埋立の同意は抽象的であってこれらの点を具体的に特定していない。

もともと共同漁業権および漁業を営む権利は、実体的には入会権の一種であるから、その制限は、消滅の場合と同様、関係地区漁民全員の同意を必要とし、そうでないとしても、本質的に関係地区漁民の生活に直接的な影響を及ぼすものであるから、消滅に準じて漁協総会において、制限の内容を明示して、決議することが必要であると解すべきである。

現に、鹿児島県と高山町漁協間の覚書においては、漁業権等が制限区域において制限されることは、総会の決議事項と定めている。

しかるに、昭和五八年一〇月二二日開催の高山町漁協臨時総会においては、右制限区域における漁業権の制限については、議題として提示されておらず、また決議もされていない。

3 右に述べたとおり共同漁業権は、漁業権者の埋立同意や埋立免許によっては、何ら権利内容に変更を生じることはなく従前のまま存続し、共同漁業権の内容の変更は、漁業法二二条による変更行為によって生じるか、又は現実の埋立の結果事実上生じるものである。そして、漁業権を一部放棄して漁業区域を縮小することは漁業権の変更に該当するから、新規漁場計画の樹立を経ての漁業権の変更免許を受けなければならないところ、漁業計画は、漁業上の総合利用を図り漁業生産力を維持発展させることを目的として樹立されるから、漁業生産力を従前より減少させる内容の新たな漁場計画の樹立はあり得ず、また漁業権の変更及び新規漁場計画の樹立は、天災等による海況、漁況の著しい変動等真にやむを得ない場合に限られることは明らかである。

そうすると、本件公有水面埋立に際しての漁業権の一部放棄による漁業権の変更免許はありえないから、高山町漁協は依然として漁業権を有しており、したがって同漁協の正組合員である控訴人若松等も右区域において漁業を営む権利を有している。

4 控訴人若松等は、本件埋立に同意していないし、補償金も受領していない。

二  被控訴人

1 公有水面について、漁業権者の同意を経て、埋立免許処分がなされた場合、当然に公有水面埋立法に基づく埋立権が、漁業権、漁業を営む権利に優先し、漁業権、漁業を営む権利は、埋立権を侵害しない限りにおいて認められるにすぎない。

2 漁業権者の埋立同意は、漁業補償等を条件とする、漁業権乃至漁業を営む権利が埋立権に劣後することを受け入れる旨の意思表示であり、埋立区域については、漁場の埋立によって将来漁業権の消滅を招くことを、埋立工事施行区域については、埋立工事に必要な限度で漁業権の行使が制限されることをそれぞれ受忍する法律行為である。

そして、埋立同意には、埋立工事施行区域の確定が前提とされており、本件においても、埋立権者である鹿児島県は、高山町漁協に対し五七号共同漁業権漁場及び埋立工事施行区域を示した図面を添付して埋立同意を求めており、高山町漁協も埋立区域、埋立工事施行区域における漁業権の行使が制限を受けることを認識した上で、前記臨時総会において同意の決議をしている。

3 また、埋立権者である鹿児島県は、高山町漁協に対し、漁業補償金を支払済である。

即ち、高山町漁協は、前記臨時総会において組合員の多数決により、漁業補償金の請求および受領を組合長に一任する旨を決定し、組合長は、昭和五九年一〇月八日、漁業補償金の請求を行ったので、鹿児島県は、同日付けで漁業補償金を支払い、その配分は高山町漁協に設置された漁業補償金配分委員会においてなされた。

理由

一  当裁判所も、控訴人らは、当事者適格を欠き、訴えを却下すべきものと判断するが、その理由は、次に付加訂正するほかは原判決理由説示中控訴人らに関係する部分と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三三枚目表七行目の「第三八号証、」の次に「第三九号証の三、」を、同行の「第六六号証、」の次に「原本の存在と成立に争いがない甲第七三号証、」を、同八行目の「第七号証、」の次に「弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二〇ないし第二三号証、」をそれぞれ加える。

2  原判決三三枚目裏五行目の「六日」とあるのを「三日、高山町漁協との間で、波見港港湾計画の実施に係る漁業補償について、同漁協の総会決議により、別紙図面に明示する漁業補償計画区域(右図面では、埋立地その他が消滅補償区域、これを除く埋立施行区域が制限補償区域として明示されている。)において鹿児島県が行う同計画に同意し、かつ当該区域に存する同漁協の漁業権その他漁業に関する権利を消滅区域においては放棄し、制限区域においては制限を受けることに同意した場合、この漁業権等の放棄及び制限により生ずる漁業に関する一切の損失に対する補償金を、金一五億余円とする旨の協定を、鹿児島県議会の予算議決後締結することを合意し、同月六日付け書面をもって」と改め、同七行目の末尾に「右書面には波見港港湾計画説明図上に五七号共同漁業権の漁場及び同意を求める埋立区域、埋立工事施行区域を明示した図面が添付されていた。」を加える。

3  原判決三三枚目裏一一行目から同三四枚目表二行目末尾までを次のとおり改める。

「右書面及び図面及び図面に基づき審議し、事前に行なわれた鹿児島県との漁業補償の交渉が前記のとおり妥結したこと、金額面でこれ以上県側の譲歩を得る余地がなく漁業振興対策の条件も提示されていることなどが報告された結果、特別決議をもって、右埋立区域の漁業権の一部放棄の議決(有効投票数一二三票中、賛成一〇二票、反対二一票)、五七号共同漁業権行使規則の対象区域から右の漁業権放棄区域を除外するための所要の改正の議決(有効投票数一一〇票中、賛成一〇六票、反対四票)、前記埋立同意の議決(有効投票数一一○票中、賛成一○六票、反対四票)、普通決議をもって、右漁業権放棄の補償、埋立工事等による被害の補償等の漁業補償に関する契約締結を理事会に一任する旨及び漁業補償金の請求及び受領を組合長に一任する旨の議決をなした。

そして鹿児島県議会は、前記(二)の損失補償につき予算の議決をしたので、鹿児島県は高山町漁協との間で、前記(二)の合意に基づき補償金の協定を締結し、高山町漁協の組合長は、昭和五九年一〇月八日、右一任決議に基づき、鹿児島県に対し漁業補償金を請求したので、鹿児島県は、同日付けで漁業補償金を支払った(なおその配分は高山町漁協に設置された漁業補償金配分委員会においてなされている。)。」

4  同三四枚目裏一行目から同七行目末尾までを、次のとおり改める。

「ところで、公有水面埋立法四条三項一号、五条二号が、漁業権者の同意を埋立免許の要件としたのは、右免許が付与されて埋立工事が行なわれると、当該水面において漁業権の目的である特定の漁業の遂行が実際上阻害され、また、埋立てにより水面が陸地になると、権利の性質上漁業権が消滅することから、漁業権者の同意を得さしめることにより、漁業権者に右権利の消滅につき対策を講じ自己の利益を擁護する機会を与え、もって漁業権者らの権利を保護し、権利侵害を救済するためであると解される。そうすると、公有水面埋立法は、当該水面における漁業権者に対し、埋立工事による漁業権の権利侵害を防止する機会を与えられるとの利益を保護しているものということができる。

しかし右漁業権者である漁業協同組合は、埋立免許出願者に対し、右同意によって法が間接に保障しようとした各種の社会的経済的利益を放棄し、将来の右埋立工事及び埋立のため漁業権の権利内容が侵害されることにより生じる物上請求権を行使しないことを約し、またこれを原因として生じる損害賠償請求権を免許を条件として予め放棄することは可能であり、埋立免許出願者との関係でこれらの利益ないしは権利が放棄されたときには、漁業権者が埋立免許処分の取消を求める法律上の利益は消滅するというべきである。そして右消滅とともに右漁業権から派生する権利である漁業を営む権利を有するに過ぎない組合員も、右組合と同様、右漁業を営む権利に基づく物上請求権を行使することができず、また損害賠償請求権を失い、したがって同人についても、埋立免許処分の取消を求める法律上の利益は消滅するといわなければならない。

もっとも右の請求権放棄の意思表示は、公有水面埋立法六条、七条等によって漁業権者に与えられた権利に及ぶものではないし、また、右の権利放棄が漁業権の得喪又は変更に類するものといえるから、水産業協同組合法四八条一項九号、五〇条四号が類推適用され、漁業協同組合総会の特別決議を要するといわなければならない。

以上の見地にたって本件を見るに、前示の事実関係からすると、高山町漁協は、総会の特別決議をもって、鹿児島県に対し、別紙図面中赤色部分を含む緑色で囲んだ部分に相当する埋立区域及び埋立工事施行区域内の漁業権消滅補償区域と、これらの部分を同図面中青色及び紫色で囲んだ部分から除外した部分に相当する埋立工事施行区域については、埋立免許に基づく埋立工事及び埋立により同漁協の五七号共同漁業権の一部が侵害され消滅する結果生じる、物上請求権や損害賠償請求権など一切の権利を放棄する旨を議決し、鹿児島県との間でその旨合意したものというべきであるから、控訴人若松等は本件埋立免許処分の取消につき法律上の利益を有する者に当たらず、当事者(原告)適格を欠くといわなければならない。」

5  原判決三四枚目裏一〇行目の「主張するが」とあるのを「主張するが、もともと漁業権者である漁業協同組合が埋立免許出願者に対し漁業権の行使を制約されることを約したときには、右漁業権から派生する権利である組合員の漁業を営む権利に基づく物上請求権の行使は許されず損害賠償請求権も消滅するものと解されるうえ、」と改め、同三五枚目表二行目の「(独自の見解であり)」を「独自の見解であり」と訂正し、同九行目から同枚目裏五行目の「解されるから」までを次のとおり改める。

「しかしながら高山町漁協は、公有水面埋立完成によると漁業権の事実上の消滅に同意したに過ぎず埋立完成までは漁業権は消滅しないのであるから、それ以前の段階で漁業権変更につき都道府県知事の免許を受けるべき必要性を見出すことはできず、したがって控訴人らは、変更免許の有無にかかわらず、本件埋立免許処分の取消を求めるにつき法律上の利益がないといわなければならない。」

6  原判決三五枚目裏六行目と七行目との間に、次のとおり加える。

「5 控訴人らは、公有水面埋立に対する漁業権者の同意や埋立免許によっては、漁業権は消滅せずその権利内容の変更も生じない旨主張するが、高山町漁協は、前示のとおり漁業権に基づく物上請求権及び損害賠償請求権を放棄して公有水面埋立法によって保護された利益を放棄したのであるから、もはや本件埋立免許処分の取消を求めるにつき法律上の利益がないとの前示判断を左右できない。

6  そのほか当審における控訴人らの新たな主張にかんがみ、原審及び当審で提出された全証拠を参酌しても、控訴人らが本件処分の取消を求めるにつき法律上の利益をするものということができない。」

二  よって原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 澤田英雄 裁判官 郷 俊介)

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